金(ゴールド)相場に強烈な追い風が吹いています。ドル建ての金価格は、ここ数年のレンジ(範囲)の上限だった1トロイオンス2000ドルをはっきりと超えて史上最高値を更新しつつありますが、私は今がバブルの頂点だとは思いません。直近では地政学リスクが今までとは異なる次元で金相場の上昇要因となりつつあり、この環境は長期的に続くでしょう。
現在、金価格への追い風は主に3つに分類できます。1つ目は、インフレと金利の動向です。実物資産である金には「インフレに強い」という特徴がありますが、同時にインフレが過熱する状況では逆に値下がりしやすい面もあります。ちょうど2022年がそうでしたが、過熱するインフレを抑えるために各国の中央銀行が利上げを行うためです。金は金利も配当も生まない資産ですから、金利が上がれば相対的に魅力が下がります。
金にとって理想の環境は、マイルドなインフレと低金利の組み合わせです。デフレはさすがにマイナスですが、インフレ率が高くなくても、インフレでありさえすればいいのです。そして世界経済は今、その理想的な環境に向かいつつあります。米国の利上げサイクルは止まり、市場は既に5回分の利下げを織り込みつつあります。米国以外でも主要国のインフレ率は低下し始めています。
中国人の消去法的な買い
2つ目の追い風は中国人による買いです。もともと中国人は、豪華な宮殿の装飾やアクセサリーを見ても分かるように、歴史的に金が好きな人々です。以前から現物の金の市場としては中国が世界最大でした。
その中国人が今、さらに勢いよく金を買い始めているのだと私は見ています。中国は不動産バブルが深刻なレベルで崩壊しつつある状況で、これまで中国人の主要な投資先だった不動産が魅力的ではなくなっています。
不動産以外の資産についても、例えば中国株相場は、不動産バブル崩壊に伴う経済失速を受けて最悪の状況です。23年末のハンセン指数は23年初から2割安、23年1月の高値からは3割安となりました。以前はビットコインも人気でしたが、今の中国では規制により買えません。中国は銀行預金の金利も低く、最近は中国人民銀行の利下げでさらに下がりました。
結果として消去法的に、金を買う中国人が増えているのです。直近の相場上昇についても、中国の富裕層による買いの影響は無視できないと私は考えています。
余談ですが、中国人と同様に金を好むことで知られるインド人は、中国人とは逆に金などの現物投資から株式投資へとシフトしつつあります。インドではシステマティック・インベストメント・プラン(SIP)と呼ばれる積み立て投資の口座数が急速に増加中です。23年4月以降だけでも1000万口座以上が新たに開設され、インドの個人の資金がインド株相場を下支えする力になりつつあります。
バブルが崩壊しつつある中国と、これから株式バブルに向かいつつあるインドで、対照的な現象が起きているわけです。
欧米の「危険行為」も背景に
3つ目の追い風は地政学リスクです。以前から軍事衝突の発生時などで株式相場が不安定になると、決して無価値にならない資産である金が投資先として買われる現象はありましたが、今はさらにレベルの異なる事態が起きています。
ロシアのウクライナ侵攻に対して、欧米は制裁として、銀行間を結ぶ国際送金システムである国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアを締め出す措置を行いました。さらに、欧米諸国内にロシアの中央銀行や企業が保有する資産を凍結。その資産を没収してウクライナ支援に使う構想が注目されています。西側諸国は、戦争のための「武器」として金融システムを使い始めているのです。
しかしこれは危険な構想です。ジャネット・イエレン米財務長官なども反対していますが、政治的な武器として金融システムが恣意的に運用されるなら、そこから離れようとする動きを招きます。
実際に、BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)諸国の間で、ドルやユーロとは異なる新たな共通通貨をつくる構想があります。新通貨創設が容易に実現するとは思いませんが、こういった構想があること自体が金相場を長期的に押し上げるのです。
なぜなら、歴史と信用力のないところから新通貨を流通させるなら、価値の裏付けとして別の資産が必要であり、金は最適です。通貨と同額の金との交換を保証する「金本位制」は無理でも、価値の何%かを金で保証するくらいの仕組みは不可欠でしょう。
将来的にそれを行う意図があるなら、各国の中央銀行は豊富なゴールドリザーブ(金の備蓄)を確保するため、今のうちから買っていこうと考えるでしょう。既に各国の中央銀行が金保有を増やす動きはデータに表れていますが、BRICSの新通貨構想はその傾向をさらに強める力となります。
様々な追い風を考慮すれば、金の買い需要が強い状態は当面終わる見込みがありません。
金は外貨建て資産の一種であり、日本人にとっては「ドル建て価格が上昇しても円高がリスクでは」との懸念があるかもしれません。しかし、今後もドル建て価格は長期で2倍、3倍になる可能性が濃厚であり、多少の円高程度は問題になりません。
金利や配当を生まない以上、あくまで自分の資産の一部にとどめるべきですが、間違いなく有力な選択肢です。
エミン・ユルマズ
トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。
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金相場、価格上昇は終わらず 欧米の危険構想など3つの追い風 - 日本経済新聞
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