イーロン・マスクが「25,000ドル(約400万円)のテスラ車の開発」というアイデアから再び遠のいている。そこでこの機会に、「本当に手ごろな価格のEV(電気自動車)」とはどのようなものなのかに注目し、改めて評価してみたい。
そうなると、現時点で米国で最も低価格なEVである日産「リーフ」(29,280ドル、約460万円から)は対象外になる。かわいらしいデザインだが弱点も少なくないシトロエン「アミ」(10,000ドル、約150万円)を生み出した欧州も飛び越えて、中国に目を向ける必要があるだろう。
中国には、「アミ」と同じくらい低価格なBYD(比亜迪汽車)の「海鴎(Seagull)」がある。これは元ランボルギーニのデザイナーであるヴォルフガング・エッガーがデザインを手がけたコンパクトEVで、航続距離は「アミ」の4倍となる200マイル(約320km)だ。
このSeagullでも高すぎるというなら、知豆電動汽車(Zhidou)が4月に発売した「知豆彩虹(Rainbow)」を紹介したい。このコンパクトな都市型EVの価格は、補助金の適用前で31,900元。つまり、新型EVであるというのに、たったの4,400ドル(約70万円)からなのだ。米国では電動バイクでさえ、もっと高額なものがおすすめだろう。
知豆彩虹は3ドアの4人乗りで、内装には5インチのメーター表示用ディスプレイと、9インチでタッチ式のインフォテインメント用ディスプレイを備えている。さらに、スマートフォン接続用のアプリや充電スケジュール機能を備え、無線経由でのソフトウェアのアップデートも用意されている。
最上位モデルの「彩雲版」(43,900元、約90万円。ポルシェの最高級自転車の半額ほど)を選べば、それぞれのパネルで異なる色を選べる。1990年代半ばに発表されたフォルクスワーゲン「ポロ」のハーレクインエディションを思わせるようなクレイジーな試みだ。
低価格でも十分な性能
すでに発売されているモデルは、大きく分けて2つある。まず、31,900元(約70万円)という低価格が売りのモデルで、最大出力が20kW(約27馬力)、最大トルクが85Nmのモーターと容量9.98kWhのバッテリーが搭載されている。もうひとつが最上位モデルで、最大出力が30kW(約41馬力)で最大トルクが113Nmのモーター、容量が約17kWhのバッテリーが搭載されている。航続距離は、厳格とは言いがたい中国のCLTC基準で125km〜205kmだ。
ここで勘違いしないでほしいのだが、これらの数値は決して大きいものではない。容量が大きいほうのバッテリーでさえ、プラグインハイブリッド車であるホンダ「CR-V」と同程度で、こちらは排気量が2.0ℓのエンジンを搭載している。
だが、航続距離は決して悪くない。テスト基準が厳格ではないことを考慮して、容量が大きいほうのバッテリーの航続距離が実際は約160km程度だとしても、ホンダのEV「Honda e」の実質的な航続距離に近い。今年1月で生産終了となったHonda eは英国で37,000ポンド(約740万円、日本では495万円)だったので、価格が違いすぎる。
知豆彩虹のサイズは全長3,224mm、全幅1,515mm、全高1,630mm。現在の欧米の基準では当然ながらコンパクトであり、ピックアップトラックが多く走っている米国のハイウェイでは非常に脆弱に感じられることだろう。
とはいえ、その他の地域ではこのような小型車は珍しくない。「知豆彩虹」は、何百万台も売れた初代「ミニ」や初代「フィアット500」より全体的に大きく、日本の軽自動車規格と比べると幅が広い[編註:日本の軽自動車規格は全長3.4m以下、幅1.48m以下、高さ2.0m以下]。軽自動車とは日本の高速道路を走行できる最小の自動車カテゴリーで、交通量の多い日本の道路でも場所をとらず、税金や保険料が安い。
欧州で支持されたきたコンパクトカー
小型の低価格EVは、欧米でも人気になるのだろうか。これは長年にわたる課題でもある。
最初に登場した低価格なコンパクトカーは、1950年代後半にアレック・イシゴニスが設計した天才的なデザインの初代「ミニ」だ。BMW「イセッタ」のような“バブルカー”とも呼ばれた超小型なマイクロカーも、英国では1960年代まで人気があった。
これらのモデルに搭載された小型で低燃費なエンジンは、1956年のスエズ運河の国有化問題に端を発した第二次中東戦争と、その後の緊縮財政に対する“回答”だった。ところが、それからまもなく特に米国で経済が回復し、ドライバーたちは拡大する富に見合う大きなクルマを求めるようになったのである。
それでも欧州では依然としてコンパクトカーへのニーズが大きく、フォルクスワーゲン「ゴルフ」やフォード「フィエスタ」といったコンパクトハッチバック車が数十年にわたり成功を収めた。90年代後半には、メルセデス・ベンツが縁石にぴたっと駐車できるほどコンパクトな2人乗りの「スマート・フォーツー」でさらなる小型化を図り、金字塔を打ち立てたかと思われた。その斬新なデザインは人気となり、2023年の生産終了まで20年以上にわたって生産され続けたが、後継モデルは発売されていない。
2008年にはF1デザイナーのゴードン・マレーがコンパクトなシティカーというコンセプトを打ち出し、「ゴードン・マレー T.25」を発表した。このクルマは12年に5,500ポンド(当時のレートで約70万円)で発売予定で、後に最大出力34馬力で航続距離が100マイル(約160km)のデザインが微妙なEVバージョン「T.27」も計画された。
どちらのモデルも革新的とされた軽量車体技術「iStream」に基づいて生産予定で、「T.27」は時速35マイル(同約56km)の衝突テストにも合格して車内は無傷だった。しかし、結局どちらも量産には至らず、ゴードン・マレーはスーパーカーの世界へと戻っていった。
マイクロカーの時代が再びやってくる?
それから10年以上を経たいま、今度こそマイクロカーは再流行するだろうか。実際のところ中国ではすでに人気で、上汽通用五菱汽車(ウーリン)の「宏光(ホングアン)MINI EV」や吉利汽車(ジーリー)の「熊猫mini(Panda mini)」といったコンパクトEVはベストセラーになっている。これらのモデルは、すでに法的に区分されているゴルフカートのような「低速電動車」と、一般的な乗用車との中間という位置づけだ。
こうした中国産のコンパクトEVは、ゴルフカートやシトロエン「アミ」、その派生モデルとなるフィアット「トッポリーノ」など、欧州で「クワドリシクル」に分類されるマイクロカーよりは1ランク上とされる。だが、欧州の衝突安全基準「Euro NCAP」の厳格なテストはクリアできないだろう。
だからといって、復活しつつあるマイクロカー業界が信頼できないという意味ではない。知豆電動汽車にしても聞いたことのない会社だと感じるかもしれないが、いきなり現れたEVスタートアップというわけではない。かつて倒産した中国のEVスタートアップが奇跡の復活を遂げた会社なのだ。
2006年に設立された知豆(当時は蘭州知豆電動汽車)は、「D1」と呼ばれる超小型で装備も控えめなマイクロEVを発表した。そのコンセプトは似たような小型EV「D2」へと引き継がれ、これをイタリアでカーシェアリングを展開するShare'ngoが採用したことで欧州進出を果たした。後に知豆は「D2S」と「D3」も発表したが、2019年に倒産して5年間にわたり休業状態になっていた。
ところが、吉利汽車と愛瑪科技集団(AIMA Technology Group)が主導した再建の努力により、知豆は息を吹き返した。吉利が中国の大手自動車メーカーであることは疑いようもない事実である。吉利はボルボや傘下のポールスター、ロータス、Lynk & Co、高級EVブランド「ZEEKR(極氪)」、そしてロンドンタクシー用のEVを英国で手がけるLEVCなどを率いるほか、アストンマーティンやメルセデス・ベンツにも出資している。さらに、メルセデスとの合弁会社を通じて「スマート」も販売している。
これに対して愛瑪科技は1999年に設立された中国メーカーで、電動自転車やモペッド、電動バイクで知られている。マイクロEVである「知豆彩虹」は愛瑪科技の製品より大型ではあるが、店頭で電動自転車と並んで販売される様子を想像することは、そう難しくはないだろう。
テスラが向かうべきだった道
マイクロカーの価値の低さや限定的な性能、そして本質的な安全性の欠如を考慮すると、既存の自動車メーカーがマイクロカーのトレンドに深い関心を寄せることはなさそうだ。
しかし、「知豆彩虹」のような低価格モデルのほか、ゴードン・マレー「T.27」のような完成度の高いマイクロEVを量産しようとする初期の試みや「スマート」の人気などは、特にスクーター(原付バイク)からの移行を模索している人口密度の高い新興市場においては大きな検討材料になるだろう。
西欧諸国でも新たなマイクロEVがいくつか登場している。ニューヨークを拠点とするWink MotorsのEVもそのひとつだ。公道走行が可能な新型モデル「Mark 3」は重量1,900ポンド(約863kg)で、1回の充電で65マイル(約104km)の走行が可能で。価格は12,995ドル(約200万円)となる。航続距離は「知豆彩虹」ほどではないが、余裕をもって充電すれば、米国の平均的な1日の通勤距離である約40マイル(約64km)も走行可能だ。
イーロン・マスクにしても、高価なEVから得た利益を低価格モデルの開発に再投資するというテスラの基本計画に沿ってより手ごろな小型EV、例えば「モデル1」といったクルマを開発してさえいれば、その行動は筋が通っていたことだろう(ただし、テスラは車体を一体成型する「ギガキャスト」技術から手を引いたとされるだけに、その計画は不透明になっている)。
テスラは電動ピックアップトラック「Cybertruck(サイバートラック)」やスポーツモデル「ロードスター」のような製品を追求している場合ではないのだ。“正しい目標”に向かってさえいれば、テスラも報われていたかもしれない。
(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)
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