大手自動車メーカーのフォードが5月19日(米国時間)に発表した電動ピックアップトラック「F-150 Lightning」は、目を引くような能力をいくつか備えている。時速0マイルから同60マイル(約96.5km)まで4.4秒で加速し、家庭の消費電力3日分に相当する電力を蓄え、さらにはボンネットにはエンジンがなく荷物用のトランクを装備しているのだ。
しかし、このピックアップトラックの最も注目すべき点、もっといえば最も驚くべき点が、もうひとつある。それは間違いなく、ベースモデルで39,974ドル(約435万円)という価格だろう。結果として、この米国で最も人気のピックアップトラックである「F-150」のEV仕様は、競合するほぼすべてのEVよりも低価格になっている。
これは米国で最も人気のEVであるテスラ「モデル3」と同等の価格であり、テスラが発売予定のピックアップトラック「Cybertruck(サイバートラック)」より約10,000ドル(約109万円)も安い。また、近く発売されるEV版「HUMMER(ハマー)」や、アマゾンが出資するスタートアップであるリヴィアンの電動ピックアップトラックよりも、数万ドル単位で安い。
さらに驚くべきことに、EVを購入する州や連邦政府の税額控除を考慮すると、ガソリンエンジン版やハイブリッド版のベースモデルよりも低価格になる可能性がある。一部の中古のF-150よりも安く手に入るだろう。
最もディスラプティヴなこと
これはEVにとって非常に大きなことだ。EVには多くの利点がある。部品点数が少ないことで維持費が低く抑えられ、運転していて楽しく、気候変動対策にも欠かせない存在でもある。米国の運輸セクターは、国内の温室効果ガス排出量に占める比率がほかのどの分野よりも高く、その60%は乗用車やピックアップトラックなどの小型トラックによるものだ。これらをEVに置き換えれば、自動車による気候変動への影響を最小限に抑えることができる。
だが、EVに興味をもった人にはコストという問題が常に付きまとう。新しいことをしたり、新しい習慣を取り入れたり、新しい製品を買ったりするような人を説得するだけでも困難だろう。さらにEVのメリットのためにお金を出すよう説得しても、首を縦には振ってくれないはずだ。
米国ではEVの販売が伸びているが、2019年に販売された自動車のうちEVはわずか2%弱で、しかもその大半はカリフォルニア州で販売されたものである。ピックアップトラックの所有者を対象にした調査を米公共ラジオ局(NPR)が分析したところ、環境のためだけに大幅に割高なコストを払ってまでトラックを購入したいと思う人の割合は、わずか7%だった。
EV版のF-150は、その現状を変えるかもしれない。「メーカー希望小売価格が最大の強みになるでしょうね」と、カーネギーメロン大学でエネルギー政策を研究している准教授のコスタ・サマラスは語る。「その価格こそが、電動トラックに目を向けていなかった人々を引きつける最もディスラプティヴ(破壊的)な要素です。つまり、『これならEVが実用的になったもかもしれない』と思えるようになったわけです」
EVのアピールに最適なモデル
依然として残るハードルもある。バイデン大統領は2030年までに50万基の充電ステーションを建設するための連邦政府からの支援を約束しているものの、現状では公共の充電ステーションを見つけることは難しい。それどころか、不可能な場合もある(フォードによると、同社のEVを購入すれば全米16,000カ所の公共充電器を利用できるという)。
さらに、充電が完了するまでに30分から数時間かかることもある。航続距離についても、通勤や用事を済ませるには200マイル(約321km)程度の電池容量では足りないのではないかという懸念がある。
それでもガソリン車に愛着のある人たちにEVをアピールするのであれば、F-150より適したモデルはないだろう。F-150は何十年も前から米国で最も売れているクルマであり、1日あたり2,450人以上の米国人が新しいモデルに買い替えているのだ。
フォードがEV仕様のF-150の価格を抑えられたのは、「基本的にはスケールメリットとトラックのノウハウのおかげです」と、同社の広報担当者は語る。新型のF-150ではサイドミラーや室内のディスプレイなどに既存のFシリーズの部品が流用されているが、バッテリーやモーター、サスペンションなどはEV専用につくられたものだ。すでに同社はF-150 Lightningの予約を100ドル(約10,900円)で受け付けており、発売は22年春になる予定だ。
EVの価格がガソリン車と同等になる
EVの推進派は、EVの車両価格がガソリン車と同等になるタイミングが訪れると以前から“予告”してきた。EV仕様のF-150は、その到来を示唆するものである。
ブルームバーグ傘下の調査会社であるブルームバーグNEF(ニュー・エナジー・ファイナンス)は、世界平均で20年代半ばにはEVの価格がガソリン車と同等になると予測している。だが、国によって価格が同等になるタイミングは異なり、米国はその中間に位置している。
そして、このタイミングを経てEVの販売台数が急速に伸びると、ブルームバーグNEFは予測している。2035年ごろには、世界の年間乗用車販売台数の大半をEVが占めることになるだろう。
そのころまでに「F-150 Lightning」には、たくさんの競合が生まれているはずだ。フォードは25年までに220億ドル(約2兆4,000億円)を投じて複数のEVを開発する方針を明らか似しており、ライヴァルのゼネラルモーターズ(GM)は35年までに自動車の販売をゼロエミッション車のみにすると発表している。
またジャガー・ランドローバーは、フォルクスワーゲンが米国で70車種以上のEVを発売するという10年後までに、すべてのモデルをEV化する方針だ。こうして24年までには、100車種もの新しいEVが米国でデビューするだろう。米国人がEVを欲しがるようになれば、選択肢はどんどん増えていくことになる。
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フォードの電動ピックアップトラックは、EVの価格が「ガソリン車と同等」になる時代を先どりする - WIRED.jp
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