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Monday, September 6, 2021

コラム:気が付けば物価上昇の足音、日本企業に価格転嫁の兆し=鈴木明彦氏 - ロイター (Reuters Japan)

[東京 7日] - 日銀が異次元の金融緩和をしても、世界的な原材料価格の高騰によって米国の物価が目標を超えて上昇しても、日本の物価は上がらない。2020年基準への改定で、消費者物価指数が下方修正されたことも、デフレ懸念を高める要因だ。

財政構造の悪化が将来のインフレ要因になるという壮大な懸念も、今のところ現実になる気配はないのだが、「日本の物価は上がらない」と思い込んでいると、足元をすくわれるかもしれない。都内で1月撮影(2021年 ロイター/Issei Kato)

確かに、川上の物価上昇に直面しても川下には転嫁しないという日本企業の行動様式はかなり根強く、物価の上昇を阻んでいることは間違いない。しかし、川上の原材料価格の高騰が激しければ、少しは川下に転嫁されてくる。

財政構造の悪化が将来のインフレ要因になるという壮大な懸念も、今のところ現実になる気配はないのだが、「日本の物価は上がらない」と思い込んでいると、足元をすくわれるかもしれない。

<基準改定が強めたデフレ懸念>

消費者物価指数の5年に1度の基準改定は、物価指数を下方に押し下げる傾向がある。今でもよく話題に上るのは、2005年基準への改定だ。日銀は、旧基準の数字に基づいて物価の上昇を確認しながら、2006年3月に量的金融緩和政策の解除を決定した。しかし、その後の基準改定で実は消費者物価が上がっていなかったことが判明して、拙速な解除との批判が広がった。

8月に発表された2020年基準への改定でも、消費者物価指数が下方修正された。旧基準では生鮮食品を除く総合系列(以下、「消費者物価(除く生鮮)」)が低下傾向を続けていたものの、5月、6月と小幅ながら上昇していた。

しかし、新基準では昨年8月以降、12カ月連続で低下が続いているという姿になった。数字が変わっても、物価の実態が変わるわけではないが、改めてデフレという認識を強める結果となったのは間違いない。

<増えない所得、価格転嫁の障害に>

日本では、川上の原材料価格が上がり、国内企業物価が上がっても、川下の消費者物価には転嫁されにくい。所得が増えない日本で価格転嫁しようものなら消費者の反発は大きく、収益の悪化が避けられないからだ。

値上げをするよりは、コストを削減し、利益を削ってでも価格転嫁を避けるというのが、日本では合理的な企業行動となる。

デフレが続いているから価格転嫁できないのではなく、日本では所得が増えないから価格転嫁したくてもできない。結果として物価が上がらず、デフレが続くと考えた方がよさそうだ。

<実は起きている価格転嫁>

しかし、全く価格転嫁しないかというとそうでもない。まず、コスト削減や利益圧縮と企業が考えていても限度がある。川上の物価上昇が激しければ、一部は川下に及んでくるはずだ。価格転嫁に関する日米の企業行動に違いがあるのは間違いないが、それはあくまで程度の差の問題だろう。

7月の消費者物価(除く生鮮)は、基準改定の影響もあって前年比マイナス0.2%と12カ月連続で下落している。しかし、季節調整済みの前月比で見ると携帯料金の引き下げによって4月に大きく低下した後は、3カ月連続で上昇している。直近3カ月に限ってみれば、年率3%程度と2%の物価安定目標を上回る。

前年比で見て横ばい圏で推移しているということは、前月比では上昇と低下を繰り返していることになる。3カ月程度上昇が続くことは驚くことではないが、上昇ペースは結構高い。このペースの上昇が続くことはないだろうが、日本でも価格転嫁が広がっている可能性がある。

それでも消費者物価が前年比マイナスなのは、政府の意向も受けた4月の携帯料金引き下げの影響が大きい。

<物価判断を上方修正した内閣府>

デフレ懸念が強まる中でほとんど注目されていないが、8月の月例経済報告で内閣府は、消費者物価の判断を「横ばいとなっている」から「このところ底堅さがみられる」にやや上方修正した。

なぜ、このようなことが起こるのか──。内閣府の消費者物価の判断は、生鮮食品及びエネルギーを除く総合系列(以下、「消費者物価(除く生鮮・エネルギー)」)について、政策等による特殊要因を除く指数を試算して、その系列の季節調整済みの前月比の数字を使っているようだ。

この系列で見ると、前月比では5月以降、プラス0.2%、同0.1%、同0.2%と3カ月連続で上昇している。もっとも、緩やかに上昇しているというには小幅過ぎるので、「このところ底堅さがみられる」としたのだろう。

重要なことは、政策等による特殊要因の中に4月の携帯料金引き下げを含めたことだ。携帯料金の引き下げについては、政府の強い意向が影響したが、純粋に政策と言える性質ではなく、「政策等」の「等」に該当する内容である。ここに何を含めるかは内閣府の判断であり、携帯料金の引き下げを特殊要因に含めないという判断もできた。

もし、内閣府がそのように判断していれば、前年比で見た物価上昇率は大幅に低下する。いくら前月比で上昇が続いていたとしても、消費者物価の判断は「横ばい」のままであったのではないか。

<デフレ懸念強まっても、デフレ宣言は出ない>

このように、政策等の特殊要因を除く系列は、内閣府の裁量が影響する系列で参考指標に過ぎないが、そこから内閣府の考え方を探ることができる。

7月の消費者物価の前年比の数字を見ると、消費者物価(除く生鮮)はマイナス0.2%だったが、政策等の特殊要因を除くとプラス0.9%となる。また、消費者物価(除く生鮮・エネルギー)で見ても、マイナス0.6%が、政策等の影響を除くとプラス0.5%と、どちらもかなり上方修正される。

もちろん、2%の物価安定目標達成にはまだ遠いのだが、日本の物価のイメージはかなり変わり、デフレというよりは、緩やかインフレと言える状態になっている。

企業行動がコスト削減による価格据え置きから、価格転嫁の方に軸足をさらに少し移すだけでも、物価のイメージは変わってくる可能性がある。日本の物価は上がらないと決めつけていると、やや裏切られるかもしれない。

また、内閣府が、2011年のようにデフレ宣言を出したいのであれば、携帯料金の引き下げを政策等の特殊要因に含めないという判断もできたはずだ。

あえてこれを特殊要因に含めて消費者物価の判断を上方修正したということは、消費者物価の前年比マイナスが続いていても、今の内閣府にデフレ宣言を出す気はないということかもしれない。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

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